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■第9話:ベースに触れる日がやってきた!

 芋生君や牧田君が何故私にやらせようとする楽器にフルートを選んだのかは、よく解らない。しかし彼らは私に、「『ジェスロ・タル』というブリティッシュロックバンドがあるが、このバンドのボーカルのイアン・アンダーソンという男はフルートも上手なのだが、ジェスロ・タルを始めてからフルートをやり始めたらしい。お前も頑張れば吹けるようになるかもしれない。今からでも遅くない。」というような意味のことを言ったのだ。実を言うと、前にフォーカスというオランダのバンドのLPを飼ったという事を書いたが、この当時フォーカスがすっかり気に入って、「ハンバーガー・コンチェルト」に続いて、ロンドンのレインボーシアターでのライブ盤のLPも買って持っていて、年中聴いていたのだが、このフォーカスのキーボードの人がフルートもとても上手なのである。それで、彼らに「フルートをやれ」と言われた時に、イアン・アンダーソンよりも、フォーカスの人のように吹ければいいな、とすっかりその気になってしまったのである。フルートをやってみようと思った理由はもうひとつある。またまた実を言うと、中学3年の時に練習用の尺八を買って吹いていたことがあるのだ。何故そのようなものを買ったかというと、将来僧侶になって、誰も居ない山奥で自給自足、日々修行の生活をし、秋には満月も冴え渡るススキの野原で1人座禅を組み、疲れたら尺八を吹いて和む、というような夢を持っていたからで、我ながら変わった中学生だったと今書きながら思うが、それはともかく、当時誰にも習わなかったにも拘らず割と吹けたのである。それでフルートも似たようなものだろう、とタカを括ってしまったのだ。無知というものは恐ろしい。バイトして稼いだなけなしの金をはたいて、ついにフルートを買ってしまった。(と言っても一番安いグレードの楽器だったが。)さて、俺も練習をしてイアン・アンダーソンの様に、いやフォーカスの人のようにフルートを吹いてやるぞ、と意気込んではみたものの、音が出ない。音が出なければ話にならないではないか。こんな筈ではないぞ。昔、尺八は音が出たではないか、と焦ったりしたが駄目である。ところが、アホの執念とはすごいもので、2週間ほどやっているうちに突然音が出るようになったのだ。しかし、ただ音が出るというだけでは、楽器が演奏できるというのには程遠い。その上、音が出だすと周囲から「やかましい」と文句が出る始末。下手糞がやる管楽器ほど周囲が耐え難いのはご存知の通りである。しかもフォーカスのようには、とてもじゃないが吹けない。この状態では、何かと他人様にはお聞かせ出来るようになるには100年ぐらいかかるぞ、という結論に至り、フルートもやめる事にした。今から思えば、いささか諦めが良過ぎる気がしないでもないが。因みにフォーカスの人というはタイス・ヴァン・レアーという人で、フォーカスでは主にキーボードを弾いていたが、本来の専門はフルートで、コンセルヴァトワールを主席で卒業した、という達人である、という事を知ったのはもっと後の話である。最初からそんな人と同じように吹ける訳が無いのだ。無謀というか無知というか、知らないという事は本当に恐ろしい。
さて、この頃になると芋生君や牧田君、その他の友達から色々なロックを聞かされて、気に入ったバンドも増えてきた。レッド・ツェッペリン、パープル、ピンクフロイド等のブリティッシュロック系が私は好きだった。好きなバンドが増えてくるにつれて、何でも良いから学期をやりたい、という気持ちも昂ってきた。しかし芋生君も牧田君もギターをやっていたので自分はギターをやるわけにはいかない。ひとつのバンドにギタリストばかり3人居ても仕方が無い。ドラムも駄目だったしフルートも駄目だった。ピアノは習った事がないので出来ない。口惜しいなぁ、何かやりたいなぁ等と強く思うようになったのだ。

 そんな事をしているうちに、家に見慣れない楽器があるのを見つけた。どうやら兄が友達から借りた物らしい。エレキギターのようであるがちょっと違う。弦が4本しか張っていない。ベースギターという楽器だという事だが、以前見た事があるものとは大分形が違う。今から思うと、セミアコースティックベースギターだった。しかし当然家にはアンプも無く、生音で、しかも1人で弾いても面白くないし。第一弾き方もよくわからないので、当初は全く興味が無かった。小学生高学年から中学生の初めの頃まで、少しだけ音楽が好きで聞いていたという事は以前書いたと思うが、その頃のレコードが何枚か家にあった。そしてその中に、それこそ私の人生に決定的な影響を及ぼす1枚があったのである。「クリーム」というバンドの「ホワイトルーム」というタイトルのレコードがそれだ。これはステレット盤といって、シングルレコードの大きさだが33回転で4曲入り、というものだ。A面の「ホワイトルーム」は昔よく聴いたのだが、B面は聴いたことが無かったのである。そのB面を偶々聴いたところ、物凄い演奏が録音されていたのだ。曲は「クロスロード」。「クリーム」は3人バンドである。ギターはエリック・クラプトン、ベースはジャック・ブルース、ドラムはジンジャー・ベイカー。「ホワイトルーム」も昔からまあ好きだったが、「クロスロード」は完全に"やられて"しまった。こんな凄い演奏があったのか。ドラムもギターも凄いが、ベースが協力だった。それまでに聴いた事のある音楽の中で、自分にとってこれ程インパクトのあるものは無かった。このブリブリのベースを弾きたいと思った。何と偶々家にベースがあるではないか。これはコピーするしかないと思い、ひたすら聴きまくり、練習しまくったのだ。ベースなどやった事がなかったので最初は大変だったが、ドラムが駄目でフルートも駄目だったのでベースは諦める訳には行かなかった。それにドラムやフルートと違って、何となく自分に向いているような気がしたのだ。ただ「これからの人生はベースで行こう」などと決心した、というような訳ではなく、面白そうだからやってみよう、ぐらいに思っただけだけに過ぎない。あくまでも趣味である。でも良い趣味が見つかった、という感じだった。どうせアンプも無いので生音である。周囲からうるさいという苦情が来る事もなく、ひたすら弾きまくることが出来た。楽しい事というのはある程度の物理的苦痛を伴うにしても精神的苦痛は伴わないので、飽きずに何時間でも続けることが出来た。私はついにベースを手にすることになった。

2003/11/03 戻る